顧客ニーズが多様化し、ビジネスを取り巻く外部環境の変化が激しい時代において、デザイン思考を用いた経営手法「デザイン経営」が注目を集めています。
今回は、デザイン経営の意味からメリット・デメリットまでを解説します。
デザイン経営とは
デザイン経営とは、デザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活用する経営手法のことです。まずは、デザイン経営の定義や「デザイン思考」との相違点を解説します。
デザイン経営の定義
特許庁では、デザイン経営について「デザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する経営手法」であり、その本質は「人(ユーザー)を中心に考えることで、根本的な課題を発見し、これまでの発想にとらわれない、それでいて実現可能な解決策を、柔軟に反復・改善を繰り返しながら生み出すこと」としています。
デザイン経営とはすなわち、ユーザーの潜在的なニーズや課題を深く理解し、共感に基づいたソリューションを提供することで、顧客体験価値(CX)を高め、ひいては企業のイノベーション創出、ブランド向上、競争力強化へとつなげる経営戦略です。
デザイン思考との違い
デザイン経営とデザイン思考は、どちらも「デザイン」をキーワードにしていますが、その意味合いと適用範囲が異なります。
デザイン思考は、デザイナーがデザインを行う際に用いる思考プロセスであり、近年、デザイン業以外の業界でも、問題解決のための強力な手法として用いられています。デザイン思考は、共感、問題定義、アイデア創出、プロトタイプ作成、テストといった一連のプロセスを通じて、顧客ニーズを的確に捉え、革新的なソリューションを生み出すことを目指します。あくまで「思考法」であり、具体的な経営戦略や事業計画ではありません。
一方、デザイン経営は、デザイン思考を経営戦略に取り入れた概念です。顧客中心の視点を持ち、デザイン思考を活用することで、企業全体の価値創造につなげます。デザイン経営を実践するうえでは、製品やサービスのデザインだけでなく、ビジネスモデル、組織構造、企業文化など、経営のあらゆる側面にデザイン思考を適用します。したがって、事業戦略、マーケティング、ブランディング、組織開発といった他の経営機能との連携が欠かせません。
このように、デザイン思考とデザイン経営は相互に補完し合う関係にあり、デザイン思考はデザイン経営を実現するための手段の一つといえます。
デザイン経営が注目される背景
グローバル化やデジタル化の進展に伴い、市場環境はかつてないほどに変化のスピードを速めています。顧客ニーズは多様化し、製品やサービスのライフサイクルは短縮化しています。このような変化の激しい時代において、従来の大量生産・大量消費モデルは限界を迎えつつあります。
デザイン経営は、まさにこの課題に対する解決策として注目を集めています。デザイン思考を経営に取り入れることで、顧客中心の製品・サービス開発が可能となり、CXを最大化できます。結果として、顧客ロイヤルティの向上、ブランドの向上、そして持続的な成長へとつながるのです。
特許庁もデザイン経営の推進に力を入れており、2017年7月に有識者で構成される「産業競争力とデザインを考える研究会」を立ち上げました。同研究会における議論の結果、2018年5月には「デザイン経営宣言」を発表し、企業の競争力強化のための施策を展開しています。
デザイン経営を導入する効果・メリット
デザイン経営を導入するメリットとして、主に「イノベーション力の向上」「ブランド・企業価値の向上」「競争力の向上」「顧客満足度の向上」の4つが挙げられます。
イノベーション力の向上
デザイン経営は、顧客中心のアプローチによって潜在的なニーズを掘り起こし、新たな価値を創造する経営手法です。したがって、従来の経営手法では生まれにくい革新的な発想を促すことができます。
例えば、新製品開発にデザイン思考を用いるなら、ユーザーインタビューやエスノグラフィー調査などを通じて得られた定性データをもとに、試作とユーザーテストを短期間で繰り返しながら製品開発を進めます。これにより、市場のニーズに合致した製品を開発できるだけでなく、従来の開発手法と比べて新製品をスピーディに市場に投入できます。
さらに、デザイン経営は、既存事業の枠にとらわれず、異業種との連携やオープンイノベーションを促進しやすい経営手法でもあります。具体的には、スタートアップ企業と協業したり、社内外のステークホルダーを巻き込みながら、デザイン思考に基づく共創ワークショップを開催して新たなアイデアやビジネスモデルを創出したりといった取り組みが考えられます。
ブランド・企業価値の向上
デザイン経営は、ブランドの向上に大きく貢献します。なぜなら、顧客体験全体を設計することで、一貫性があり、魅力的なブランドイメージを構築できるからです。
デザイン経営では、デザイン思考のプロセスを通じて顧客の潜在的なニーズを深掘りし、機能的な価値だけでなく、感情的な価値や社会的価値を提供しようとします。その結果、ブランドに対する共感や信頼感が高まり、ブランドイメージの向上につながるのです。
ブランドイメージが高まることで、ひいては企業価値の向上も期待できます。なぜなら、ブランドイメージが確立されれば競合他社との差別化が可能になり、価格競争やコモディティ化を回避できるからです。
競争力の向上
デザイン経営は、企業全体の戦略、プロセス、文化を変革することで、他社には容易に模倣できない強みを育み、自社の競争力を向上させます
まず、顧客の潜在ニーズを深掘りし、機能性だけでなく感情的価値や体験価値を加えた独自の価値を創造します。また、市場変化に即応できる組織作りを通じてイノベーションを促進します。具体的には、プロトタイピングやアジャイル開発を活用することで、リスクを最小化しつつ市場をリードする新たな価値創造を目指します。
そして、一貫したブランド体験を提供することで、顧客との感情的な結びつきを強化し、ロイヤルティを高めます。デザイン経営を通してこれらの側面が強化されるため、企業の競争力が高まります。
顧客満足度の向上
デザイン経営は、顧客中心の考え方を取り入れることで、顧客の真のニーズを掴みます。よって、期待を超える製品やサービスの提供が可能となり、顧客満足度が高まります。
具体的には、デザイン思考を活用して顧客の行動や心理を深く理解することで、レコメンド機能やカスタマイズ製品の提供など、パーソナライズ化された体験を提供できます。また、ジャーニーマップを用いて顧客が不満に感じる点を明確化し、最適化することで、引っかかりのないシームレスな顧客体験を実現します。
さらに、プロトタイピングやテストマーケティングを通じて顧客の反応を迅速に事業に反映することができます。そして何より、デザイン経営は共感性の高いコミュニケーションを重視するため、顧客のロイヤルティとエンゲージメントが高まります。
デザイン経営を導入するデメリット
多くのメリットが期待できるデザイン経営ですが、導入にあたって注意すべきデメリットもあります。
時間的・金銭的コストの増加
まずは、デザイン経営を導入し、社内に浸透させるために要する時間的・金銭的コストの増加です。
デザイン経営の導入には、具体的に次のようなコストがかかります。
人材投資
デザイン経営を推進するには、専門知識を持つデザイナーやデザイン思考に精通した人材を採用・育成するか、そのようなスキルを持つ外部人材に参画してもらわなくてはなりません。いずれにせよ、人材への投資は必須です。
リサーチ費用
顧客ニーズや市場トレンドを的確に捉えるには、専門的な知識やスキルを前提としたユーザーリサーチや市場調査が不可欠です。リサーチにかかる費用を想定しておかなくてはなりません。
プロトタイピングとテスト
デザイン経営では、プロトタイプを作成し、ユーザーテストを繰り返すことで、製品やサービスをブラッシュアップしながらプロジェクトを進めていきます。このプロセスを高速で回転させるには、材料費や製造費用、テスト実施にかかる費用を、余裕をもって見込んでおく必要があります。
これらの金銭的コストに加え、既存の組織構造や業務フローの見直しといった、従来の経営手法との調整にかかる時間も考慮しなくてはなりません。デザイン経営は、企業文化や組織風土そのものの変革を伴うため、社内にデザイン思考の考え方を浸透させ、定着させるまでには、相応の時間と労力が必要となります。
効果測定の難しさ
デザイン経営は、本質的に定性的な要素を含むため、売上げや利益といった定量的な指標への直接的な結びつけが難しく、短期的な効果が見えにくいという点が課題です。
例えば、ブランドイメージの向上や顧客満足度の向上といった効果は、数値化が困難で、時間をかけて徐々に浸透していくものです。短期的なROI(投資収益率)で評価しようとすると、デザイン経営の真価を見誤る可能性があります。
デザイン経営の効果を適切に測るには、導入前に具体的な目標を設定し、その目標達成度を測るためのKPI(重要業績評価指標)を明確に定義しておく必要があります。KPIを設定する際には、売上や利益といった財務指標だけでなく、顧客獲得数、ウェブサイトへのアクセス数、ソーシャルメディアでのエンゲージメント率など、事業目標に合わせた多様な指標を設定しましょう。
また、デザイン経営の取り組みがKPIにどのように影響を与えているかを継続的にモニタリングし、必要に応じて軌道修正する柔軟性も求められます。
まとめ
デザイン経営は、デザイン思考を経営戦略に取り入れることで、ユーザー視点の発想で市場の変化に対応し、イノベーションや競争力、ひいては企業価値を高める経営手法です。
一方で、デザイン経営の導入には金銭的・時間的なコストがかかるうえ、短期的な効果測定の難しさも課題となっています。デザイン経営を成功させるには、最新情報や事例を参考にしながら、自社に最適な方法を模索し続けることが重要です。次回は、デザイン経営の事例を紹介します。
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