企業や個人が、自分の商品やサービスにつける商標(ロゴや名称など)を、法律上保護するために行う商標登録。この商標登録が認められるためには、商標が「識別力」を備えている必要があります。
識別力とは、簡単に言うと、需要者や取引者が商品・役務(サービス)を見分ける機能のことです。ここでは、商標の識別力について詳しく説明するとともに、識別力の判断基準を具体例とともに解説します。
商標の識別力とは
商標の識別力とは、需要者や取引者が自社の商品・役務と他社の商品・役務(サービス)を見分けられるようにする商標の機能です。
商標登録されると、商標権者がその商標を独占使用でき、第三者が無断で使用すると商標権の侵害になります。商標にはこのような強い権利が発生するため、商標登録するには、特定の人に独占使用させるに足る「識別力」の要件を満たす必要があります。
商標の識別力の判断基準
出願された商標に識別力があるか否かの判断基準は、商標法3条1項各号に定められています。
各号には「識別力のない」類型が列挙されており、各号のいずれかに該当する場合は識別力がないことを理由に登録が拒絶されます。
商標法3条に列挙されている「識別力のない」類型は次のとおりです。
1号:商品・役務の普通名称
2号:商品・役務の慣用商標
3号:産地・品質・効能・用法などを表す記述的商標
4号:ありふれた氏・名称
5号:極めて簡単かつありふれた標章
6号:その他の識別力なき商標
以下、各号について詳しく解説します。
普通名称(1号)
普通名称とは、業界内で一般的名称と認識されている名称です。
例えば「軽ワゴン」は、車業界で使われる一般的な名称であり識別力はありません。したがって、軽ワゴンの商標として「軽ワゴン」と登録することはできず、ダイハツ「タント」、スズキ「スペーシア」など、各社、識別力のある商標を登録しています。
また、スマートフォンの略称「スマホ」、損害保険の引受けの略称「損保」、箸の俗称「おてもと」、塩の俗称「波の花」など、略称や俗称も普通名称に該当します。
なお、普通に用いられる方法で表示した場合のみ「普通名称」にあたる(特殊な方法で表示した場合は「普通名称」にあたらない)ので、特殊なレタリングやあて字で表示すれば識別力が認められる可能性があります。
慣用商標(2号)
慣用商標は、業界内で使用されるうちに識別力が失われた商標です。
慣用商標の典型例は、餅菓子の「羽二重餅」、清酒の「正宗」、カステラの「オランダ船の図形」、宿泊施設の提供の「観光ホテル」などが挙げられます。
文字や図形の他にも、音商標で慣用商標となったものもあります。例えば、「石焼き芋の売り声」や「夜鳴きそばのチャルメラの音」などがそれにあたります。
これらはすべて、当初は識別力があったものの、業界内で一般的に使われるようになり慣用商標となった商標の例です。
産地・品質・効能・用途などの記述的商標(3号)
商品なら、産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、数量、形状、価格、生産方法・時期、役務なら、提供場所、質、用途、提供時期、数量、価格などを表示した商標が、記述的商標です。これらの記述的商標を、普通に用いられる方法で表示した場合は、識別力が否定されます。
具体的には、次のような商品「商標」の組み合わせ、役務「商標」の組み合わせが、記述的商標に該当します。
【商品:みかん の記述的商標】
「愛媛」(産地)
「甘い」(品質)
「まんまる」(形状)
「オーガニック」(生産方法)
「極早生」(時期)
「100円」(価格)
【役務:宿泊施設の提供 の記述的商標】
「伊豆」(提供場所)
「クラシカル」(質)
「フルムーン旅行」(用途)
「年末年始」(時期)
「10組限定」(数量)
「30%オフ」(価格)
もっとも、「FRESHNESS BURGER」のように、「FRESHNESS」(新鮮さ)という商品の質と、「BURGER」(ハンバーガー)という役務の特徴を表す記述的商標にあたりそうな商標でも、識別力が認められた例もあります。
産地を表示した商標の中でも、識別力が否定されたケースと認められたケースがあります。例えば、「紅茶、コーヒー、ココア、コーヒー飲料、ココア飲料」に出願された「GEORGIA」は「アメリカ ジョージア州」の産地表示にあたるとして識別力が否定されました。一方、ベネズエラの州名である「MIRANDA」は、「直ちに具体的な商品(ぶどう酒)の産地と認識されることはない」として識別力が認められています。
ありふれた氏・名称(4号)
同じような氏または名称が多数存在する場合も、その氏または名称は「ありふれた氏・名称」として識別力が否定されます。
「山田」「鈴木」「田中」「伊藤」「斉藤」などが、これにあたります。「荒川」「森田」「山岡」なども、審判で「識別力なし」と判断されています。
また、ありふれた氏・名称に会社などの種類を表す文字を結合した場合も「ありふれた氏・名称」にあたります。例えば、「山田商店」「株式会社モリタ」「SUZUKI Ltd.」などは識別力が否定されます。
極めて簡単かつありふれた標章(5号)
「極めて簡単かつありふれた標章」とは、ローマ字2文字以下、仮名1文字、1本の直線・波線、数字、○、△、□などを指します。
ローマ字2文字と数字の組み合わせも識別力が否定されています。例えばヘアスプレーの「VO5」は、それだけでは通常、商品の種別・型式を示すものとして識別力が認められていません。
ただし、文字と数字にデザインを施して図案化した「VO5」には識別力が認められ、商標登録されています。
その他の識別力なき商標(6号)
6号の「その他の識別力なき商標」は、5号までの類型にあてはまらない「識別力なき商標」を包括的に規定したものです。具体的には、現元号「令和」、キャッチフレーズ、商品の数量を表す「Net」「Gross」などが挙げられます。
キャッチフレーズの例としては、「洋服類」などの商品の商標として出願された「地球にやさしい」の識別力が、エコマークのキャッチフレーズを理由に否定されたケースがあります。
また、「愛」「純」「ゆき」「フレンド」「たんぽぽ」など、スナックや喫茶店に多い店名も「識別力なし」とされています。
識別力の要件を満たすための工夫例
商標に識別力があるとみなされるために、工夫が必要なケースもあります。ここでは、識別力の要件を満たすための方法、アイデアを紹介します。
意見書で反論する
識別力を理由に商標登録が拒絶されたら、その理由をよく読んだ上で、意見書で反論しましょう。その際に重要なのは、根拠を示しながら論理的に反論を組み立てることです。説得力のある意見書を提出できれば、判断が覆る可能性も十分にあります。
アレンジして造語化する
意見書の反論が通らない場合は、文言をアレンジして造語化してみましょう。過去の事例から、たった1文字変えるだけで、元々の商標のニュアンスを残しながら識別力の要件をクリアできることも考えられます。
識別力のある言葉と組み合わせる
識別力が否定された商標でも、ほかの言葉と組み合わせることで識別力が認められることがあります。例えば「損保」だけでは普通名称になってしまいますが、「ソニー損保」なら識別力が認められます。
ロゴ化する
文字商標では識別力が認められなくとも、図案化してロゴ商標として登録する方法があります。先述の「VO5」のほか、有名なマクドナルドの「M」も、図案化したことでアルファベット1文字での商標登録が認められています。
まとめ
商標の識別力の有無は、本記事で紹介した商標法3条1項各号のほか、商標審査基準や最新事例も参考にして判断されます。識別力の要件をクリアするには、専門的知識と経験豊富な専門家のアドバイスが有用です。
また、識別力を理由に申請を拒絶されても、意見書で反論して結果を覆したり、アレンジして識別力のある商標にしたりするなど、複数の対処法があります。
井上国際特許商標事務所では、商標に関するお悩み全般を承っています。ぜひお気軽にご相談ください。
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