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企業がESG経営を導入するには 取り組み事例と共に解説

ESG課題への取り組みは今や、大企業にとっては当たり前となっており、そのサプライチェーン上にある中小企業にとっても無視できないものとなっています。


今回は、企業がESG経営を導入する際に役立つ4つのステップと、覚えておきたいキーワードを紹介します。



ESG経営を導入するための4つのステップ

企業がESG経営を導入する方法は、各企業がおかれた状況と取り組みの進捗度合いによって様々です。


そこで、一例として東京証券取引所「ESG情報開示実践ハンドブック」で示されている4つのステップをもとに、ESG経営を導入するためのステップを紹介します。



ステップ1:ESG課題とESG投資を理解する

ESG経営を導入する前提として、ESG課題とESG投資について理解しておくことが重要です。


まずはどのようなESG課題があるかを知った上で、それらの課題が自社の企業価値とどのように結びついているかを確認しましょう。


▼ESG経営の基礎知識についてはこちらの記事をご参照ください。



ESG投資は、2006年に責任投資原則(PRI)が提唱されて以来、世界で急拡大している投資手法です。


国内でも、PRIに署名した機関投資家の数は2020年1月時点で80にのぼっており、企業も対応を迫られています。


ESG経営に着手する前に、グローバルなESG投資の現況についても理解しておきましょう。


▼ESG投資についてはこちらの記事をご参照ください。


ステップ2:ESG課題と企業の戦略の関係を考える

ESG課題は多岐にわたり、一つの企業があらゆるESG課題に対応することはほぼ不可能です。このため、自社のビジネスモデルや戦略を踏まえて企業価値に深い関わりを持つESG課題を洗い出し、優先順位をつけて取り組まなくてはなりません。


企業価値に影響する重要なESG課題は「マテリアリティ」と呼ばれます。そして、ESG課題を洗い出して重要度が高い順に絞り込むプロセスを「マテリアリティの特定」といいます。


まずは、自社がおかれている事業環境や外部環境を分析したレポート、SDGsなどの国際機関の枠組み、ESG評価機関の指標、従業員・投資家・顧客といったステークホルダーへのヒアリングなどを通して、自社のマテリアリティを絞り込みましょう。


マテリアリティを特定するには、マテリアリティのリストアップだけでなく、評価軸を定めた上で各項目の重要度を評価することがポイントです。


マテリアリティの特定ができたら、各項目を自社の戦略に落とし込み、戦略を推進するための具体的な対応方針や対応計画を立てましょう。 


ステップ3:監督と執行

ESG経営に取り組むには、経営トップがマテリアリティに主体的に関与しなくてはなりません。経営トップのコミットメントを確保することで、他の経営課題と同様に経営の意思決定プロセスに組み込まれ、全社を挙げてESG課題に取り組みやすくなります。


また、監督機関である取締役会が「ESG経営が適切に行われているか」を監督できるよう、目標や達成度を測る指標が共有され、進捗状況の報告プロセスが担保されなくてはなりません。


マテリアリティの執行に関しては、まずは指標を設定して目標値を定めましょう。


指標には定性的なものと定量的なものに大別されます。自社に合う独自の指標を採用することも考えられますが、SASB (Sustainability Accounting Standards Board:サステナビリティ会計基準審議会)やGRI (Global Reporting Initiative)など、既存の枠組みが公表している指標を採用することで比較可能性が高まり、投資家にとってより有益な情報提供ができるようになります。


目標値を定めたら、目標達成に向けた具体的なロードマップを描き、ロードマップに沿ってPDCAサイクルを回しながら達成度を評価します。場合によっては、取り組みの改善だけでなく、指標・目標値の見直しを行うこともあります。 


ステップ4:情報開示とエンゲージメント

ESG経営は、ESG要素を投資の意思決定に反映しようとするESG投資の高まりを受けて広がってきた経営手法です。したがって、投資家をはじめとするステークホルダーに対する情報開示ないし双方向のエンゲージメントが求められます。


開示すべき情報は企業の状況によって異なりますが、ESG経営が企業価値に及ぼす影響を踏まえて、「企業の戦略とESGとの関係」「マテリアリティとその特定プロセス」「経営トップの関与と意思決定プロセス」「指標と目標値」などを開示できると良いでしょう。


情報開示の媒体としては、投資家向けの統合報告書、幅広いステークホルダーに向けたサステナビリティレポート、定量情報をまとめたデータブック、各企業のWebサイトなどが考えられます。 



ESG経営の実践に役立つキーワードを解説

続いて、ESG経営を実践する上で押さえておくべき用語の中でも特に重要な「マテリアリティ」「フォアキャスティング」「バックキャスティング」「シナリオ分析」について解説します。


マテリアリティ

マテリアリティ(materiality)とは本来、「重要性」を意味する言葉です。ESGの文脈では、「企業価値に影響する重要なESG課題」という意味を持ちます。


何を重要なESG課題とするかは企業ごとに異なりますし、重要課題の中でも重要度は異なるはずです。したがって、ESG経営に取り組む企業は、取り組みを進める前にまず重要課題を絞り込み、重要度の優先順位をつける必要があります。


重要課題をリストアップし、重要度を決めることを「マテリアリティの特定」といいます。

企業がマテリアリティを特定し、そのプロセスと共に特定したマテリアリティを公開することで、投資家をはじめとする企業のステークホルダーは「この企業はどのようなESG課題をどれくらい重要視しているか」を知ることができます。 


フォアキャスティング

フォアキャスティング(forecasting)とは、「予測する」という意味を持つ言葉です。経営の文脈では、「現在を前提としてその延長線上にある未来を予測し、現在とるべき施策や行動を判断する思考法」を意味します。


フォアキャスティングは、既存のビジネスモデルやマネジメントの改善が必要な場面で有効な手法といえます。一方で、現状を出発点として思考するため、その延長線上にある未来は必ずしも明るいものとは限りません。


したがって、望ましい未来像に向けて抜本的な変革が求められる場面では不十分な手法といえるでしょう。 


バックキャスティング

バックキャスティングとは、フォアキャスティングと対になるアプローチで、望ましい未来像から逆算して現在とるべき施策や行動を決定する思考法です。


まず「あるべき未来像」を描いた上で、そこから現在へと遡ってその未来像の実現に向けた課題をあぶり出し、意識改革や行動変容を促します。


先述したフォアキャスティングでは、悲観される未来に対して有効な施策を打てないままタイムリミットを迎えてしまうおそれがありますが、バックキャスティングなら、大きな変革が求められる課題に対して説得的に行動変容を促すことができます。


まさに、あるべき未来像に向けた意識改革と行動変容が求められるESG課題へのアプローチに適した思考法です。 


シナリオ分析

シナリオ分析とは、企業の戦略立案において、外部環境や事業環境の変化、政策動向など、事業に影響を与え得る要素を踏まえていくつかのパターンを想定し、複数のシナリオのもとで戦略の妥当性を評価するという分析手法です。


シナリオ分析は、気候変動や国際情勢など、不確実なリスク要因に備えて対応策を検討するために用いられます。


例えば、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が提唱する開示要件のうち、「戦略」の開示において「2℃以下シナリオを含む様々な気候関連シナリオに基づく検討を踏まえ、組織の戦略のレジリエンスについて説明する」ことが推奨されています。



ESG経営の取り組み事例

大企業やグローバル企業、中小企業の中でも先進的な企業は、すでにESG経営を実践しています。ここでは、トヨタ自動車、キーエンス、花王の3社の事例を紹介します。 


トヨタ自動車

トヨタ自動車は、「移動価値の拡張」「安全・安心」「人類と地球の共生」「くらしと雇用を守る」「全員活躍」「強固な経営基盤」の6つのマテリアリティを特定し、そのプロセスもあわせて自社の公式HP上の「Sustainability Data Book」で公表しています。


これらのマテリアリティを前提に、同社はESGの各領域で次のような項目を掲げ、具体的な取り組みを進めています。


  • E:気候変動、資源循環、自然共生

  • S:人権の尊重、ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DE&I)、バリューチェーン連携、車両安全、品質・サービス、情報セキュリティ、プライバシー

  • G:コーポレートガバナンス、リスクマネジメント、コンプライアンス


取り組みに関する毎年の進捗状況や関連データも「Sustainability Data Book」にまとめられ、公式HPで公表されています。 


キーエンス

キーエンスは、「持続的な付加価値創造」(企業開発力、顧客提案力)、「商品供給力」(グローバル当日出荷体制、サプライチェーンマネジメント)、「事業基盤」(リスクマネジメント、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、地球環境保全への取り組み)をマテリアリティとして特定しています。


また、ESGの各領域について基本理念や方針、基本的な考え方を定めた上で、次のような取り組みを進めています。


  • E:商品における環境負荷低減、環境数値データ収集、気候変動に対する取り組み

  • S:人権への取り組み、人権デューデリジェンスの実施、働きがいのある職場の実現、人材の育成、公益財団法人キーエンス財団

  • G:取締役候補者の氏名・選解任の方針、役員報酬、規律ある組織づくり、リスクマネジメント


なお、キーエンスのESG経営の詳細は、「Sustainability Information」にて公表されています(公式HPからダウンロード可能)。


花王

花王は、「Kirei Lifestyle」をキーワードにESGビジョンを掲げ、これを達成するための「ESGコミットメントとアクション」そして各アクションについての「基本方針」を次のとおり定めています。


  • 快適な暮らしを自分らしく送るために:QOLの向上、清潔で美しくすこやかな習慣、ユニバーサルプロダクトデザイン、より安全でより健康な製品。「花王ユニバーサルデザイン指針」「花王製品に含まれる成分についての考え方」「香りに関する方針」を基本方針とする。

  • 社会のために:サステナブルなライフスタイルの推進、パーパスドリブンなブランド、暮らしを変えるイノベーション、責任ある原材料調達。「調達基本方針」「お取引先に求めるパートナーシップ要件」「お取引先とのESG推進活動」「ハイリスクサプライチェーンからの調達」を基本方針とする。

  • よりすこやかな地球のために:脱炭素、ごみゼロ、水保全、大気および水質汚染防止。「花王 環境宣言」「製品開発における環境配慮の考え方」「プラスチック包装容器に関する考え方」を基本方針とする。

  • 正道を歩む:「花王人権宣言」「DE&I方針」「マルチステークホルダー方針」「責任ある化学物質管理推進の基本方針」を基本方針とする。


同社のESG経営の詳細も、公式HPで公開されています。



まとめ

企業がESG経営を導入するには、自社をとりまく外部環境や業界、自社の企業価値を踏まえて戦略的に取り組まなくてはなりません。


取り組むべきESG課題(マテリアリティ)は企業によってそれぞれです。まずはESG課題を知り、自社の企業価値に紐づけてマテリアリティを特定するところから、始めてみてください。

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