令和元年度の「特許法等の一部を改正する法律」により導入されることとなった特許法の査証制度について解説します。
査証制度の概要
査証制度とは、特許権又は専用実施権の侵害訴訟において、侵害が疑われ、他の手段によっては証拠の収集ができないと見込まれる場合に、中立な立場の専門官(査証人)が、被疑侵害者の工場等に立ち入り、特許権の侵害立証に必要な調査を行い、裁判所に報告書(査証報告書)を提出する制度です。
査証制度の導入により、従来、権利者が入手できなかった証拠が入手しやすくなり、侵害の立証が容易になると考えられます。特許に関わる事業者としては、侵害訴訟を「提起する場合」と「提起された場合」を想定して、査証制度を理解しておく必要があります。
査証制度が導入される時期
査証制度を新設する法律の施行日は、「特許法等の一部を改正する法律」が公布された令和元年5月17日から「1年6月を超えない範囲内において政令で定める日」となっています。査証制度が導入されるのは、令和2年(2020年)中になるものと考えられます。
どのような場合に査証が行われるのか
特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、以下の全ての条件を満たした場合に、裁判所が査証人に対して査証を命ずることができることとなります(改正後の特許法第105条の2)。
- 当事者の申立てがあったこと
- 立証されるべき事実の有無を判断するため、相手方の当事者の書類・装置等について確認・作動等による証拠の収集が必要と認められること
- 特許権又は専用実施権を侵害したことを疑うに足りる正当な理由があると認められること
- 申立人が当該証拠の収集を行うことができないと見込まれること
- 証拠の収集に要すべき時間又は査証を受けるべき当事者の負担が不相当なものとなるなど、査証をすることが相当でないと認められる事情がないこと
なお、査証の申立てに対する裁判所の決定に対して不服がある場合には、即時抗告することができます(改正後の特許法第105条の2第4項)。
査証人の指定
査証を行う査証人は、裁判所が指定します(改正後の特許法105条の2の2第2項)。
ただし、査証人について誠実に査証をすることを妨げる事情があるときには、当事者が忌避(査証人を査証手続から排除)することができます(改正後の特許法第105条の2の3)。忌避は査証の前に行うのが原則ですが、査証の後に忌避の原因が生じた場合、又は、査証の後に当事者が忌避の原因を知った場合には、査証の後に忌避することも出来ます。
査証の方法
査証人は査証において以下を行うことができます(改正後の特許法第105条の2の4第2項)。
- 査証を受ける当事者の工場、事務所などに立ち入ること
- 査証を受ける当事者に質問をすること
- 査証を受ける当事者に書類の提示を求めること
- 装置の作動、計測、実験その他査証のために必要な措置として裁判所の許可を受けた措置をとること
査証を受ける当事者の協力
査証を受ける当事者は、査証人に対して査証に必要な協力をしなければなりません(改正後の特許法105条の2の3第4項)。
査証を受ける当事者が、査証人の立ち入り、質問、書類の提示、装置の作動などについて、正当な理由なく、これらに応じないときは、裁判所は、立証されるべき事実に関する申立人に主張を真実と認めることができます(改正後の特許法105条の2の5)。
権利者側の留意事項
権利侵害の証拠を収集できない場合であっても、権利侵害したことを疑うに足りる正当な理由を示せれば、査証制度により、証拠が収集できる可能性があります。「侵害しているのは間違いないけれども、証拠が無い」という場合には査証制度の利用を検討することができます。
実施者側の留意事項
工場や工事現場など、閉鎖的な場所であっても、査証により権利侵害の証拠が収集される可能性があります。侵害が認定されると、事業の停止、損害の賠償などが請求される可能性があります。査証制度の導入により権利者は訴訟を提起しやすくなるため、 権利侵害とならないよう、より一層の注意が必要となります。